その173 ながーい「80歳の壁」

 兵庫県警察の選手を終え指導者となった40歳ころから右肩が痛みはじめました。激しい訓練で鍛え上げるのを本分とする我が身にとってケガはつきもの。腰、膝、肘など身体の至る所に故障があったので、その右肩の痛みも一過性のものかとやり過ごしていました。
 ところが50歳を過ぎた頃から痛さに加え腕の可動域が狭くなり、竹刀を振りかぶるのも困難になってきました。ある意地悪筋から、「空振りが多いのでは? 野球だって空振りばかりしていると腰を痛めるというから…」と言われ、グウの根もでません。
 騙し瞞し、呍十年。いつの間にか後期高齢の列を越える歳となってしまいました。
 いっぽう今年の春頃、腰痛がひどく左の足や臀部に痺れが強く感じるようになりました。これは我慢で凌ぐレベルではないと思い、腰痛専門の「ILC国際腰痛クリニック」で診てもらいました。そこで「腰部脊柱管狭窄症」と診断されます。脊柱管狭窄症の症状名はよく耳にしており以前から、もしかして自分も、という思いもあったので、「やはり」と納得せざるを得ませんでした。
 そして同クリニックで、先進的な腰痛の治療とされる椎間板内に薬剤を注入する「セルゲル法」という簡単な施術を受け、以後リハビリ治療に専念することとしました。
 同クリニックのセルゲル法、またリハビリを担当してくれた理学療法士の治療法が自分に合ったのか、腰痛は徐々に軽減され痺れもなくなりました。これに気を良くし、何日かリハビリに通ううち、「そうだ!」と閃きます。宿痾の「右肩」のことを  
 担当の理学療法士に長年来の右肩の症状について相談したところ、いろんなプログラムを提示し、運動機能改善に向け、治療体操やマッサージを施してくれました。おかげ、というか腕の可動域が少し広がったので自宅に帰っても更にリハビリを続けました。初日はそれでよかったのですが、2日目には以前より痛みが増し、3日目には右腕の自由が利かなくなりました。
 一生、騙し瞞し、持ち堪えようと覚悟を決めていたのに、と、思いつきの浅はかさに反省しきりです。近くの整形外科で診てもらうと「変形性肩関節症」と診断され、軟骨が摩耗しているので人工関節置替術が必要と伝えられます。
 ちょうどその頃、わたしと同じ症状で人工関節置替術を受けた方がおられ、ご自身が手術を受けた「東京北医療クリニック」のM医師を紹介していただくことができました。M医師は全国で一番、同手術の症例が多く名医と評価されています。
 診断を受けた近くの整形外科の医師もM医師とは知己関係にあり、快く紹介状を書いていただきました。
 10月初旬、ダブルの紹介を受けて東京北医療クリニックに入院し、手術を受けました。手術は全身麻酔で2時間半に及ぶものでした。2週間の入院生活を送り同月中旬に退院いたしました。術後は右腕に固定装具(アームホルダー)をつけての生活は不自由を極めるものです。
 12月に入り、固定装具が外れ日常生活を取り戻すことができましたが、まだまだ腕の可動域は狭く力も入りません。月に1回の診察と週1回のリハビリは5ヶ月間続きます。剣道の再開はその後となりましょうが、来春5月の京都演武大会に出場できるかどうかは微妙です。
 新宿剣連の皆様とは1月17日(土)の「新年顔合せ懇親会」でお目にかかれるのを楽しみにしております。どうかお元気で年末年始をお過ごしください。
つづく

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